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東京高等裁判所 昭和37年(う)2878号 判決 1963年4月26日

控訴人 原審検察官

被告人 大久保義照

弁護人 浅井留吉

検察官 高橋勝好

主文

原判決を破棄する。

被告人を懲役二年に処する。

原審における未決勾留日数中五〇日を右本刑に算入する。

押収に係る運転免許証一冊(東京高等裁判所昭和三七年押第一一二〇号の一)の偽造部分を没収する。

理由

検察官の控訴理由の要旨は、

「原判決には法令の適用に誤りがあつて、その誤りが判決に影響を及ぼすことが明らかである。即ち

原判決は本件公訴事実の中、窃盗、公文書偽造、同行使、詐欺の点についてはこれと同旨の事実を認定して有罪としたが、左記の公訴事実即ち

被告人が公安委員会の運転免許を受けないで

(一)昭和三七年四月三日頃、東京都北多摩郡砂川町五七〇番地先道路において、普通貨物自動車第四に四八九八号を運転し、

(二)同月一八日頃、同都小金井市前原町五丁目八八五番地先道路上において、営業用貨物自動車第四き〇八三八号を運転した

との道路交通法違反の点については、各証拠によりこれを肯認するに十分であるとしながら、被告人には右各無免許運転の際、(一)の場合には所謂安全運転義務違反の罪があり、これについては東京北簡易裁判所において罰金一万円に処せられ、(二)の場合には所謂通行区分違反の罪があり、これについては武蔵野簡易裁判所において罰金三千円に処せられ、右各罰金の裁判は確定済であるところ、これ等の事実と前記各無免許運転の事実とは、夫々刑法第五四条第一項前段の観念的競合の関係にあるものであるから、右各確定裁判の既判力は夫々前記無免許運転の事実にも及び、結局右各無免許運転の事実は確定裁判を経たことに帰するとして、被告人に対し右部分について免訴の言渡をなした。

成程原判決の認定する如く、被告人が

(1)昭和三七年四月三日午後四時四五分頃東京都北多摩郡砂川町五七〇番地附近道路において、普通貨物自動車を運転中、雨天のため前方の見通しが悪く且つ路面が濡れて滑走し易い状態であつたにも拘らず、除行することなく漫然時速約五〇粁で進行したため、左端に駐車中の被害車輌の発見が遅く、接触を避けるため急制動したが間に合わず右車輌の後部へ自車の左前部を追突させ、更に同車を前方に押出すなどし、以て他人に危害を及ぼすような速度と方法で運転した、との事実につき、同年五月三一日東京北簡易裁判所において、被告人佐藤昌男名義(被告人は原判示の如く友人佐藤昌男の運転免許証を窃取し、これに自己の写真を貼り変えてこれを偽造行使した)の略式命令により罰金一万円に処せられ、ついで

(2)同年四月一八日午前一〇時五分頃同都小金井市前原町五丁目八八五番地附近道路において、法定の除外事由がないのに、営業用普通貨物自動車を運転して道路の右側部分を通行した、との事実につき、同年六月一五日武蔵野簡易裁判所において、前同様被告人佐藤昌男名義の略式命令により罰金三千円に処せられたこと

及び右各略式命令は何れも同年七月一五日に確定したことは原判決挙示の証拠によつてこれを認めることができる。

然しながら前記(1) の確定裁判を経た罪と(一)の公訴事実との関係及び前記(2) の確定裁判を経た罪と(二)の公訴事実との関係は何れも刑法第四五条後段の併合罪であると解すべきであつて、これを同法第五四条第一項前段により一罪として処断すべき所謂観念的競合の関係にあると判決した原判決は、この点において同条の解釈適用を誤つたものである。無免許運転は運転者自体と不可分的で身分的性質を持つた行為であり、且つ継続犯的性格を有するに反し、安全運転義務違反或は通行区分違反は資格の有無とは係わりなく運転中偶々犯されるものであつて、何れも作為犯的、即時犯的性格を有し、法的評価の上からは別個の行為と解するのが相当である。原判決は、被告人が同一の日時に、同一の場所で同一の機会に、同一の各自動車を運転したという、その運転行為そのものは単一であつて、唯被告人の単一な運転行為につき法律的な観点を異にしたに過ぎないと説明するが右は皮相の見解である。更に原判決の見解を貫ぬくときは実質上極めて不都合な結果を招くもので、例えば単一の無免許運転行為の継続中に、安全運転義務違反若しくは通行区分違反、その他信号機無視、手信号無視、軌道敷内通行違反、追越方法違反、追越禁止違反、踏切一時停止違反、右左折方法違反、優先順位違反、緊急自動車優先妨害、除行義務違反、灯火違反、合図不履行、警笛不吹鳴、乗車積載方法違反、乗車積載制限違反、酒酔い運転、制限速度遵守違反等の各道路交通法違反の事実があつた場合において、その中一個の違反行為につき裁判が確定すれば他の多くの違反行為は皆これと一所為数法の関係に立つものとして処罰することができないこととなり、一見して不合理極まる結果を生じ、かくては道路交通取締の徹底を期することが困難となるは勿論、ひいては道路における危険を防止し、その他交通の安全と円滑を図るという道路交通法の立法目的の貫徹も又到底望み得ないこととなるので、その影響するところ誠に由由しいものがあると云わざるを得ない。叙上の如く、原判決は刑法第五四条第一項前段の解釈適用を誤り前掲(一)(二)の公訴事実につき免訴の言渡をなしたもので、その誤りは判決に影響を及ぼすことが明白であるから、原判決を破棄した上、更に相当の裁判を求めるため本件控訴に及んだものである。

と云うに在る。

よつて案ずるに、検察官所論指摘の事実関係は本件記録上明らかである。原判決が所論引用の(一)の無免許運転の所為と(1) の安全運転義務違反の所為、(二)の無免許運転の所為と(2) の通行区分違反の所為とを夫々「一個の行為にして二個の罪名に触れるもの」と認めた理由は、右各運転行為が同一の被告人によつて、同一の日時に同一の場所で、同一の機会に、同一の各自動車を運転することによつてなされたものであるから、各運転行為そのものは単一であつて、唯その際に被告人が運転した行為について法律的な観点を異にしたに過ぎないと云うに在ることも所論の如くである。

然しながら、時間的に継続する無免許運転の所為中、他の違反運転の所為がなされた場合において運転行為が外形的に単一の如く連続していることの一事を以て直ちに右運転行為を目して刑法第五四条第一項前段に所謂一個の行為となすことは必ずしも相当ではない。本件において前掲(一)又は(二)の各無免許運転行為の継続中、確定裁判を経た前記安全運転義務違反の所為又は通行区分違反運転の所為が行われたものであるが、右二個の違反所為と各無免許運転の所為とはその侵害法益、侵害の意思及び態様を全く異にするが故に、右法条に云う一個の行為には該当せず、これを別個独立の行為と認めるのが相当である。

かくの如く解することが自動車等の運転行為継続中犯された各種各様の道路交通法違反行為を取締ることを目的とする同法の精神に合致するものと云わなければならない。してみれば原判決が前示の如く運転者、運転車輌、運転の日時場所、機会の同一なるが故に上記(一)の無免許運転の所為と(1) の安全運転義務違反の所為、(二)の無免許運転の所為と(2) の通行区分違反の所為とを夫々単一の運転行為と認め、各刑法第五四条第一項前段に所謂一個の行為に該当するものとして、(1) 又は(2) の罪に関する既判力が(一)又は(二)に及ぶとの見解の下に、右(一)及び(二)の各無免許運転の事実につき免訴の言渡をなしたのは、刑法第五四条第一項前段の解釈適用を誤つたものであつて、その誤りは判決に影響を及ぼすことが明らかであるから、検察官の論旨は理由があつて、原判決はこの点において破棄を免れない。

(裁判長判事 尾後貫荘太郎 判事 鈴木良一 判事 飯守重任)

原審検察官の控訴趣意

原判決には法令の適用に誤りがあつて、その誤りが判決に影響を及ぼすことが明らかであるから、到底破棄を免れないものと思料する。

すなわち、原判決は、本件公訴事実のうち、窃盗・公文書偽造・同行使・詐欺の点についてはこれと同旨の事実を認定して有罪としたが、公安委員会の運転免許を受けないで

(一) 昭和三十七年四月三日頃、東京都北多摩郡砂川町五百七十番地先路上において、普通貨物自動車第四に四八九八号を運転し、

(二) 同月十八日頃、同都小金井市前原町五丁目八百八十五番地先路上において、営業用貨物自動車第四き〇八三八号を運転した

との道路交通法違反の点(記録二丁)については、各証拠によりこれを肯認するに十分であるとしながら、被告人には右各無免許運転の際、(一)の場合にはいわゆる安全運転義務違反の罪があり、これについては東京北簡易裁判所において罰金一万円に処せられ、(二)の場合にはいわゆる通行区分違反の罪があり、これについては武蔵野簡易裁判所において罰金三千円に処せられ、右罰金刑はいずれも確定ずみであるところ、これらの事実と前記各無免許運転の事実とは、それぞれ刑法第五十四条第一項前段の観念的競合の関係にあるものであるから、右各確定裁判の既判力はそれぞれ前記無免許運転の事実にも及び、結局右各事実は確定裁判を経たことに帰するとして、被告人に対し免訴の言渡しをした。

なるほど、被告人が

(1)  昭和三十七年四月三日午後四時四十五分ころ東京都北多摩郡砂川町五百七十番地附近道路において、普通貨物自動車を運転中、当時雨天のため前方の見とおしが悪くかつ路面がぬれて滑走しやすい状態であるにかかわらず、除行することなく漫然時速約五十粁で進行したため左端に駐車中の被害車輌の発見が遅く、接触をさけるため急制動したが、間に合わず右後部へ左前部を追突させさらに同車を前方へ押出すなどし、もつて他人に危害を及ぼすような速度と方法で運転したとの事実につき同年五月三十一日東京北簡易裁判所において、被告人佐藤昌男名義の略式命令により罰金一万円に処せられ、

(2)  ついで同年四月十八日午前十時五分ころ同都小金井市前原町五丁目八百八十五番地附近道路において、法定の除外事由がないのに営業用普通貨物自動車を運転して道路の右側部分を通行した、との事実につき同年六月十五日武蔵野簡易裁判所において、前同様被告人佐藤昌男名義の略式命令により罰金三千円に処せられ

たこと及び右各略式命令は、いずれも同年七月十五日に確定したことは、原判決挙示の証拠によつてこれを認めることができる。

しかしながら、前記(1) の確定裁判を経た罪と本件公訴事実(一)との関係及び前記(2) の確定裁判を経た罪と本件公訴事実(二)との関係は、いずれも刑法第四十五条後段の併合罪であると解すべきであつて、これを同法第五十四条第一項前段により一罪として処断すべきいわゆる観念的競合の関係にあると判断した原判決は、この点において同条の解釈適用を誤つたものであり破棄を免れないものであると言わざるを得ない。以下にその理由を述べる。

一、原判決は「道路交通法違反に関する公訴事実につき」と題する項目のもとに、前記(1) の確定裁判を経た罪と本件公訴事実(一)及び前記(2) の確定裁判を経た罪と本件公訴事実(二)とがそれぞれ刑法第五十四条第一項前段の観念的競合の関係に当る所以を説示しているのであるが、(記録二百二十二丁裏ないし二百二十四丁)、その要旨は、(1) の罪と(一)の事実及び(2) の罪と(二)の事実とは、「相互にいずれも同一機会における被告人の単一の運転行為自体をその社会的事実の中核として把握していることが明瞭であり」、この単一の運転行為に関し、各罪はそれぞれ安全運転義務違反の点を、或は無免許運転の点を或は又通行区分違反の運転をそれぞれ刑法的観点に立脚して評価しているのであつて、「被告人が同一の日時に、同一の場所で、同一の機会に、同一の各自動車を運転したという、その運転行為そのものは単一であつて、両者の間に何ら異るものはない。ただ、その際に、被告人が運転した行為につき法律的な観点を異にしたに過ぎない」というにある。しかしながら果して前記(一)の無資格運転と安全運転義務違反、前記(二)の無資格運転と通行区分違反は観念的競合の関係にあるといえるであろうか。刑法第五十四条第一項前段の規定の意義を解するのに、同条項にいわゆる観念的競合とは「一個ノ行為ニシテ数個ノ罪名ニ触レ」る場合を指称するのであつて、すなわち、まず二個以上の犯罪構成要件が充足されること、つぎにこの二個以上の犯罪構成要件を充足する事実が一個の行為より成ることをその成立要件とするものであること多言を俟たない。

この「一個ノ行為」とは、経験的事実としての行為が一個でありかつ同一のものであること、換言すれば、法的評価を離れ事物自然の状態を社会通念上から観察して単一と認められる場合をいうものであることが明らかであるが、しかしながら単に同一時点に同一場所で、同一人によつてなされたというのみではいまだ一個の経験的事実であるとは言い得ない。

たとえば口で人を侮辱しつつ同時に手で傷害を負わせるような場合を見ても明らかである。又二つの犯罪が偶々重り合う場合にも社会的事実としても別個の行為と認めるべき場合があろう。その二つの事実の重なり合いが通常相互に関連を持つた事例として認め得るかどうかが問題なのであつて、これが通常相互に関連を持つと認められない場合には社会的事実としては別個と考えるべきである。成程本件の場合同一自動車を運転している際の犯罪である。しかし法律的に通常相互に関連を持つた事例として認め得るであろうか。無資格運転は運転者自体と不可分的で身分的性質を持つた行為であり、且つ継続犯的性格を有するのに反し、安全運転義務違反或は通行区分違反は資格の有無とはかかわりなく運転中偶々犯されるものであつて、いずれも作為犯的、即時犯的性格を有し、法的評価の上からは別個の行為と解するのが相当である。

同一人の同一日時、同一場所、同一機会における酒酔運転、酒気帯び無免許運転、酒気帯び最高速度超過運転をいずれも併合罪と判示した東京高等裁判所昭和三十七年十月三十一日言渡の判決(高裁判例集十四巻六一九頁)、同種酒酔運転と無免許運転を併合罪なりとして明言した前橋地方裁判所昭和三十七年二月二十八日判決(判例タイムズ一三一号一五九頁)を是認した東京高等裁判所昭和三十七年十月三十日言渡の判決(昭和三十七年(う)第六五七号)も、かかる見地に立つものと思料する。

二、つぎに原判決の如き見解を貫ぬくときは、実務上極めて不都合な結果を招くのであつて、この点から言つても刑法第五十四条第一項前段の解釈適用についての原判決の立場は容認しがたいことは明白である。

すなわち、原判決の示した解釈を一貫するときは、単一の無免許運転行為の継続中に、前記いわゆる安全運転義務違反若しくは通行区分違反、その他信号機無視、手信号無視、軌道敷内通行違反、追越方法違反、追越禁止違反、踏切一時停止違反、右左折方法違反、優先順位違反、緊急自動車優先妨害、除行義務違反、灯火違反、合図不履行、警笛不吹鳴、乗車積載方法違反、乗車積載制限違反、酒酔い運転、最高速度の遵守違反等の各道路交通法違反の事実があつた場合においては、右信号機無視その他の各違反行為は、それぞれ単一の無免許運転行為と観念的競合の関係に立つこととなるという結論に達せざるを得ないこととなる。

右の結論が不合理極まりないものであることは、一見して明白なところである。すなわち、第一に、例えば一時点における無免許運転行為が処罰されるときは、その既判力はこれと当該無免許にかかる運転行為中の信号機無視等の各道路交通法違反の事実に及び、のちに至つて右各違反行為が発覚したとしても、これについては一切処罰できないこととなり、第二に例えば右信号機無視行為につき裁判が確定するときは、その既判力は単に無免許運転行為のみならず前記各道路交通法違反行為のすべてにもまた及ぶこととなり、第三に、仮に右無免許運転行為とそれ以外の前記各道路交通法違反行為がすべて同時に発覚したとしても、本来免許を有する者の行為であれば併合罪としての重い処断を受けるべき数個の道路交通法違反の罪が、無免許であるが故を以て、かえつて一罪として軽く処断されるという極めて不公平な結果を免れないこととなる。

以上いずれの場合にも、その結果が極めて不合理であることは多言を要しないところであつて、特に第二の場合にあつては、軌道敷内通行違反、乗車積載方法違反等道路交通法第百二十一条該当の罪の法定刑の上限は罰金一万円であるのに対し、無免許運転、酒酔い運転、最高速度遵守違反等同法第百十八条該当の罪の法定刑の上限は懲役六月であつて、その法定刑に著しく軽重の差がある点に思いを致すとき、その失当であることはますます顕著であることが判明する。

このような不都合な結果を容認するときは、道路交通取締の徹底を期するのが困難となることは勿論、ひいては道路における危険を防止し、その他交通の安全と円滑を図るという道路交通法の立法目的の貫徹もまた到底望み得ないこととなるのであつて、その影響するところはまことに由々しいものがあるといわざるを得ない。軽卒にもこの点を看過し、不合理極まりない結果を招くような解釈を敢えてした原判決の見解が誤りであることは極めて明瞭である。

以上詳述したところにより明らかなように、前記(1) (2) の確定裁判を経た安全運転義務違反の罪若しくは通行区分違反の罪と本件公訴事実(一)(二)の各無免許運転行為とは、全く相関することのない別個の行為なのであつて、すなわち右公訴事実(一)(二)は前記(1) (2) の確定裁判を経た罪と刑法第四十五条後段所定の併合罪の関係に立つものであるから、同法第五十条により、いまだ裁判を経ない右公訴事実(一)(二)につきさらに実体審理を進めたうえ有罪の判決を下すべきであつたにかかわらず、原審が前記(1) (2) の罪と本件公訴事実(一)(二)とが単に同一の日時、同一の場所における運転に際しての違反行為であるとの一事のみに捉われ、たやすく、これを一個の行為であつて二個の罪名に触れる場合に当ると解し、刑法第五十四条第一項前段を適用したうえ刑事訴訟法第三百三十七条第一号によつて免訴の言渡しをしたのは、明らかに刑法第五十四条第一項前段の解釈適用を誤つたものであり、その誤りが判決に影響を及ぼすことが明白である。

よつて、原判決を破棄したうえ、さらに相当の裁判を求めるため本件控訴の申立てに及んだ次第である。

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